変わり者と呼ばれる人は、たいていは本人が変わろうとしたわけではなく、ただ自分の関心に忠実だっただけです。世間から離れて暮らした人、集めることをやめられなかった人、旅から旅へ歩いた人。彼らの暮らしは、ときに滑稽で、ときに痛ましく、ふしぎと後の世の表現者を励ましてきました。ここでは人物を、噂よりも記録に沿って書いています。
実在の人物は、確かな記録のあるものを中心に選んでいます。
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世間から離れた人
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ウォールデン湖のほとりに自分で小屋を建て、二年あまり暮らして『ウォールデン』を書いた。税金を払うことを拒んで一夜投獄された話も知られる。
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樽の中に住んでいたという逸話で知られる哲学者。アレクサンドロス大王に何が欲しいか聞かれ、「日が当たるからどいてくれ」と答えたと伝わる。
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生涯のほとんどを実家で過ごし、白い服を着て、多くの詩を書き溜めた。生前に発表された詩はわずかで、千七百編以上がのちに見つかった。
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映画と航空機で財を成した大富豪。晩年はホテルの一室にこもり、細菌を極度に恐れて人前に出なくなった。
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京都の郊外に一丈四方の小さな庵を結び、『方丈記』を書いた。組み立てて持ち運べる家だったという。
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出家して『徒然草』を書いた。世を捨てたようでいて、人づきあいの観察は細かく、しばしば辛辣である。
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越後で托鉢をしながら、子どもたちと手毬をついて遊んだ禅僧。歌と書に優れ、庵に忍び込んだ泥棒に、布団を盗ませて月を眺めたという逸話がある。
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武士の身分を捨てて出家し、諸国を旅しながら歌を詠んだ。桜と月を愛し、「願はくは花の下にて春死なむ」の歌が知られる。
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種田山頭火。酒に溺れ、家を捨て、破れ衣で托鉢をしながら自由律の俳句を詠み続けた。「分け入つても分け入つても青い山」。
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保険会社の要職を捨て、小豆島の庵で死ぬまでの数か月を句とともに過ごした。「咳をしても一人」。
集めずにはいられなかった人
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ニューヨークの屋敷に、新聞や家具など百トン以上の物を溜め込んで暮らした兄弟。弟が仕掛けた罠が崩れて兄が亡くなり、その後に弟も亡くなった。
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建築家。自邸に古代の彫刻やエジプトの石棺などを詰め込み、死後もそのままの形で公開されるようにした。
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粘菌の研究で世界的に知られた博物学者。ロンドンで大英博物館に通い、帰国後は和歌山の田辺に住み、生涯を通して独学と収集を続けた。
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独学の植物学者。生涯に約四十万点の標本を集め、本の購入に金をつぎ込み、借金を重ねた。
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民俗学者、国文学者、歌人(釈迢空)。「まれびと」の概念を通して、日本の芸能と信仰の根を探った。
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旅行作家。パタゴニアの旅に出るきっかけは、祖母の家にあった獣の皮の切れ端だった。旅と物への愛着を描いた。
王を名乗った人
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サンフランシスコの商人で、破産後に「合衆国皇帝」を自称した。街の人々は彼に敬意を払い、独自の紙幣も、店で通用した。
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フランス人の弁護士が、チリとアルゼンチンの先住民の地に「アラウカニア・パタゴニア王国」を宣言し、国王を名乗った。
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バイエルン王ルートヴィヒ二世。ノイシュヴァンシュタイン城など、幻想的な城を次々と築き、国費を圧迫し、廃位ののち湖で亡くなった。
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本草学者、発明家、戯作者。エレキテルの修理復元や土用の丑の日の広告で知られる。晩年、誤って人を殺して獄中で亡くなった。
歩き続けた人
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『奥の細道』で知られる俳人。旅の途中、大坂で亡くなった。「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」。
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五十歳を過ぎてから天文学を学び、全国を歩いて測量した。歩幅を一定にして距離を測り、日本地図を作った。
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三河出身で、東北・北海道を約三十年旅して、日記と図絵を残した。民俗学の先駆けとされる。
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幕末に蝦夷地を何度も踏査し、「北海道」の名の元になった案を出した探検家。
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民俗学者。日本中を歩いて村を訪ね、話を聞き、『忘れられた日本人』を残した。旅の総距離は地球を四周するほどだという。
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映画監督。病床のローッテ・アイスナーを励まそうと、ミュンヘンからパリまで徒歩で向かった。ジャングルに船を運ぶ映画『フィツカラルド』で知られる。
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本名ジョン・チャップマン。開拓の途上で、リンゴの苗を植えながら歩いた。はだしで、鍋を帽子代わりにかぶっていたという伝説が生まれた。
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都市を歩きながら思索した批評家。パリのパサージュを調べ、未完の大著を残した。
学問と奇行のあいだ
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アイザック・ニュートンは、目の後ろに針を差し入れて眼球を押し、光の見え方を調べる実験をしたと、自ら記している。錬金術の研究にも多くの時間を費やした。
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水素の発見や地球の密度の測定で知られる。極度の人嫌いで、女性の召使いには姿を見せないよう命じ、裏階段を作らせた。
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功利主義の哲学者。遺言により、遺体は衣服を着せて保存され、いまもロンドン大学ユニバーシティ・カレッジに置かれている。
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チャールズ・ダーウィンの祖父で、医師にして詩人。生物の進化について、孫より半世紀前に詩の形で考えた。
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不完全性定理を証明した数学者。毒を盛られることを恐れ、妻が調理したもの以外は食べず、その妻が入院すると、衰弱して亡くなった。
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数学者。定住せず、荷物はスーツケース一つで、世界中の数学者の家を訪ねては共同研究をした。
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架空の数学者の名で、複数のフランスの数学者たちが出した共同著作。実在しない人物を、大学の教授として紹介する手紙まで出した。
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原子論を唱えた化学者。自分が赤い色を区別できないことに気づき、色覚異常を初めて詳しく調べた。
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船の上で経度を測るための、正確な時計を作った時計職人。何十年もかけ、賞金を求める委員会と争った。
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ノーベル賞を二度受賞した化学者。晩年はビタミンCの大量摂取を強く推奨したが、その効果には、多くの疑いが向けられた。
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ラマヌジャンは、正規の教育を受けないまま数式を書き溜め、ケンブリッジのハーディに手紙を送って招かれた。夢の中で女神が式を教えてくれたと語ったという。
日本の変わり者
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日本で初めての近代的な国語辞典『言海』を、十七年かけて独力でまとめた。
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写真家。私生活を晒す「私写真」で知られ、亡き妻との旅を写した『センチメンタルな旅』などで、国際的にも評価された。
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軍事探偵として満州で活動したのち、病を得て、インドでヨーガの修行をして帰国し、独自の心身統一法を説いた。
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尋常小学校卒の首相。土建業から政界に入り、「日本列島改造論」を唱えた。金脈問題で退陣した。
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陸軍少尉。フィリピンのルバング島に、戦争が終わったあとも約三十年間潜み、1974年、元上官の命令を受けて投降した。
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陸軍軍曹。グアムの密林の穴で約二十八年を過ごし、1972年に発見された。「恥ずかしながら帰って参りました」。
町の名物と伝説の人
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ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジの名物男。「口述の歴史」という途方もない長さの本を書いていると称したが、その原稿はほとんど見つからなかった。
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「英国で最も凶暴な囚人」と呼ばれ、数十年を獄中で過ごした。映画『ブロンソン』の題材になった。
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ソーホーの酒場に入り浸ったコラムニスト。連載『Low Life』では、二日酔いで書けないと休載の理由を書いた。
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宮沢賢治の童話。ある日、村の小学校に不思議な転校生が現れ、ひとしきり子どもたちと過ごしてまた去る。
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詩人、童話作家、農学者。農民の暮らしを良くしようと働き、多くの作品は、生前ほとんど世に出なかった。
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