特撮は、ミニチュアの町を着ぐるみの怪獣が踏みつぶし、ピアノ線で吊った飛行機が空を飛ぶ、手でこしらえた嘘の技術です。アニメーションもまた、止まった絵を一枚ずつ動かして命を与える手仕事から始まりました。子ども向けとされた画面の奥には、戦争の記憶や、作り手たちの執念や、ときに前衛の実験が潜んでいます。ゴジラやガメラなどの怪獣そのものは「怪物」の分類に、実験的なアニメーション映画は「映画」の分類に載せています。
放送年は最初の放送の年です。題名は放送当時のものを使っています。
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怪獣映画の職人たち
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最初の『ゴジラ』(1954年)をはじめ、東宝の怪獣映画の多くを監督した。兵士として戦地を歩いた経験が、焼け野原になる東京の描写に重く沈んでいる。晩年は黒澤明の作品を助けた。
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北海道で育ち、アイヌの歌に影響を受けた作曲家。『ゴジラ』のテーマと、コントラバスの弦を擦って作ったゴジラの鳴き声で知られる。
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1954年から18年にわたってゴジラの着ぐるみに入り続けた俳優。100キロ近い重さの中で、動物園に通って研究した獣の動きを演じた。
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東宝初のカラー怪獣映画。阿蘇の炭鉱の地底から現れた翼竜が、超音速で福岡の町を吹き飛ばす。最後に火口に落ちていく二頭の姿が哀切を残す。
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金色の鱗の三つ首に二本の尾、翼を持つ宇宙の怪獣。『三大怪獣 地球最大の決戦』で初登場し、ゴジラ最大の敵となった。着ぐるみの操演には多くの人手が要った。
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南の島から子どもを連れ去られた親子の怪獣が、日本まで取り返しに来る。怪獣ブームの中で日活が作った唯一の怪獣映画。
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宇宙船に付着して地球に来た胞子から生まれた怪獣。松竹が作った唯一の怪獣映画で、2008年には河崎実監督の『ギララの逆襲』で41年ぶりに甦った。
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日本の特撮技術者を招いて作られた韓国の怪獣映画。ソウルの町を歩く怪獣が、なぜかツイストを踊る場面がある。
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鉄を食べて巨大になる伝説の怪獣の映画。拉致された韓国の映画監督・申相玉が、金正日の命で撮った。着ぐるみには東宝の特撮スタッフと、平成ゴジラの俳優が参加していた。
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海底二万メートルの理想郷と、それを狙うマッドサイエンティストの戦いを描いた日米合作の冒険映画。製作中に米側の資金が途絶え、東宝が自前で完成させた。
テレビのヒーローたち
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円谷プロが作った、怪獣と怪奇の30分ドラマ。ヒーローは出てこず、毎回ちがう怪異が日常に入り込む。白黒の画面が、のちのシリーズにない不気味さを持っている。
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沖縄出身の脚本家。ウルトラQとウルトラマンの世界の骨組みを作った中心人物。沖縄に帰ったのち、37歳で亡くなった。
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ウルトラマンの中で、極端な構図と光で異色の回を撮った監督。故郷を奪われて怪獣にされた宇宙飛行士ジャミラの回「故郷は地球」などを手がけ、のちにATGで『無常』を撮った。
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ウルトラマンの怪獣の着ぐるみを数多く作った造形家。本業はシュルレアリスムの画家で、怪獣の肌に油絵の筆づかいを残した。
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初代ウルトラマンの着ぐるみに入っていた俳優。長い手足と細い体つきを見込まれて選ばれ、のちにウルトラセブンでは隊員役で素顔を見せた。
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白い覆面とサングラス、マントでオートバイに乗る正義の味方。日本のテレビのヒーローの始まりで、子どもが風呂敷をかぶって屋根から飛ぶ事故が相次いだ。原作は作詞家の川内康範。
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川内康範の原作。日本人を滅ぼそうとする秘密組織「死ね死ね団」と戦う。インドの山奥で修行するという変身ヒーローで、敵の主題歌の歌詞が強烈な印象を残した。
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悪の組織に改造された青年が、その力で組織と戦う。主演の藤岡弘がバイクの撮影で大けがをし、急遽「2号」が登場したことから、変身ポーズが生まれた。原作は石ノ森章太郎。
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仮面ライダー、サイボーグ009、人造人間キカイダー、秘密戦隊ゴレンジャーの原作者。手塚治虫のもとから出て、「萬画」を唱えた。
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良心回路が不完全なために、悪の笛の音に苦しむアンドロイドのヒーロー。体の半分が透けて機械が見える左右非対称のデザイン。
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色ちがいの五人のヒーローが組になって戦う「スーパー戦隊」の最初の作品。のちにアメリカで「パワーレンジャー」として作り直され、世界中の子どもに届いた。
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漫画家・うしおそうじ(鷺巣富雄)が作った特撮とアニメの小さな会社。予算の少なさを手作りの工夫で補い、どこにもないヒーローを生んだ。
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手塚治虫原作の、ロケットに変形する金色の巨人。日本初のカラー特撮テレビ番組で、ウルトラマンよりわずかに早く放送が始まった。
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忍者が刀を抜いて「風よ、光よ」と唱え、獅子の頭をした剣士に変身する時代劇ヒーロー。着ぐるみのたてがみが印象深い。
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主人公の怒りの電流で動くロボット。オートバイに変形し、ヘルメットがそのまま顔になる。2011年に井口昇監督が映画に作り直した。
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少年の腕時計型の無線機の声でしか動かない、エジプトの神像のような巨大ロボット。最終回、ロボが命令にそむいて敵もろとも宇宙へ飛び去る場面が語り継がれている。原作は横山光輝。
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科学捜査研究所の人々が、科学を悪用した怪事件を追う。怪獣の代わりに、人間の狂気や社会のひずみが描かれた。実相寺昭雄の回は今もとくに評価が高い。
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銀色に輝く金属のスーツをまとったヒーロー。「蒸着」の一瞬の変身の説明を、スローモーションで見せる演出が話題になった。
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着ぐるみやヒーローのスーツに入って演じる俳優。視界の狭いマスクの中で殺陣や爆発の中を演じる、顔の見えない主役たち。
手で作る嘘の技術
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町や船や飛行機の模型を作って撮影し、本物の大きさに見せる技術。ハイスピードで撮影してゆっくり見せることで、重さと大きさを感じさせる。
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ピアノ線で模型や怪獣を吊って動かす技術と、その担当者。線が画面に映らないよう、背景の色や光に合わせて線を塗った。
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人形や粘土を少しずつ動かして一コマずつ撮影する技法。命のないものが、どこかぎこちなく、しかし確かに生きて動く。
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『ロスト・ワールド』(1925年)と『キング・コング』(1933年)で人形の恐竜と大猿を動かした特撮の開拓者。ハリーハウゼンの師にあたる。
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木彫りの人形を一コマごとに頭ごと付け替えて動かす「パペトゥーン」を作ったアニメーター。のちに『宇宙戦争』(1953年)や『タイム・マシン』(1960年)を製作した。
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スター・ウォーズの宇宙のチェスの駒や、ロボコップの二足歩行ロボットを動かしたストップモーション作家。ジュラシック・パークで恐竜の動きを指導した。
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撮影した実写の映像をなぞってアニメーションを描く技法。フライシャー兄弟が特許を取り、ベティ・ブープの踊りや、のちの多くの作品に使われた。
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別々に撮ったフィルムを光学的に重ね合わせて一つの画面にする技術。光線の光やミニチュアと人物の合成に使われた。コンピューター以前の職人技。
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俳優の後ろのスクリーンに背景の映像を映して、一緒に撮影する技法。走る車の中の場面によく使われ、窓の外の景色がどこか浮いて見えるのが味わい。
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ハリーハウゼンが名づけた、実写とストップモーションの人形を組み合わせる技法。俳優が骸骨の剣士と斬り結ぶ場面を可能にした。
怪獣ブームと子どもたち
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ウルトラQとウルトラマンの放送をきっかけに、子どもたちが怪獣に熱狂した時代。各社が怪獣映画や番組を作り、怪獣の人形や本が飛ぶように売れた。1971年の帰ってきたウルトラマンや仮面ライダーで第二次のブームが起きた。
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少年マガジンの巻頭のグラビアを構成した編集者。怪獣の体の中を解剖図のように描いた「怪獣図解」で、子どもたちの想像をかきたてた。
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柔らかい塩化ビニールで作られた怪獣やヒーローの人形。マルサン、ブルマァクなどの玩具会社が作り、当時のものはいまでは高値で取引される。
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金属をたっぷり使った重いロボットの玩具。マジンガーZの「超合金Z」にちなむ名で、手に持った重さそのものが魅力だった。
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怪獣やヒーロー、ゲームの裏技などを詰め込んだ子ども向けの小さな分厚い本のシリーズ。噂や誤りもまじった情報が、子どもたちの共通の知識になった。
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ゴジラの着ぐるみの頭をすげ替えてウルトラマンの怪獣にするなど、予算の少ない現場では着ぐるみが改造して使い回された。ファンはその変身の系譜を楽しんで追う。
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デパートの屋上や遊園地で、着ぐるみのヒーローが悪者と戦ってみせる舞台。司会のお姉さんに呼ばれ、子どもたちが声をそろえてヒーローの名を叫ぶ。
アニメの源流と異端
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千代紙を切り抜いて動かす「千代紙映画」や、色セロファンを重ねた影絵のアニメーションを一人で作り続けた作家。その名はいまも優れたアニメーションに贈られる賞に残っている。
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日本のアニメーションの父と呼ばれる作家。戦時中に作った『くもとちゅうりっぷ』(1943年)の繊細な動きは、戦争の時代にあって夢のようにやさしい。
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海軍の依頼で作られた、日本初の長編アニメーション映画。戦意高揚の映画でありながら、動物たちの静かな日常の場面が美しく、少年時代の手塚治虫を泣かせた。
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日本初のカラー長編アニメーション映画。中国の民話をもとに、白い蛇の精と青年の恋を描いた。これを見てアニメーションの道に入った人は多い。
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日本初の毎週放送の30分テレビアニメ。手塚治虫の虫プロダクションが安い制作費で週一本を作るため、動く枚数を減らし、絵を使い回す方法を編み出した。これが日本のテレビアニメの形を決めた。
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大人向けのアニメーション「アニメラマ」の第一作。手塚治虫が製作し、官能的な場面とサイケデリックな色彩でアラビアンナイトを描いた。
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一枚の止め絵を劇画のように見せる「ハーモニー」や、同じ動きを三度繰り返す演出、画面を貫く光で、テレビアニメを劇的にした演出家。1970年のテレビアニメ『あしたのジョー』を手がけ、その主題歌の詞は寺山修司が書いた。
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戦艦大和が宇宙戦艦として甦り、放射能に汚染された地球を救うために旅立つ。放送時は振るわなかったが再放送で人気が出て、1977年の映画で大ブームを起こした。
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富野由悠季が監督した、無限の力を持つ巨神をめぐる異星人との戦争の物語。打ち切りのあと映画『発動篇』(1982年)で、登場人物がほぼ全員死ぬ結末が描かれた。
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押井守が監督し、天野喜孝が絵を手がけたアニメーション。ほとんど台詞のない、卵を抱いた少女と少年の暗く美しい寓話で、商業的には惨敗したが、熱心な支持者を持ち続けている。
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SF大会のために、大学生だった庵野秀明、赤井孝美らが作ったアマチュアの短編アニメーション。バニーガールの少女が怪獣やロボットの上を飛び回る。彼らはのちにガイナックスを作った。
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架空の国の、やる気のない宇宙軍の青年が、人類初の有人ロケットに乗るまで。二十代の若者たちが異世界の文化を一から作り込んだ。
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庵野秀明が監督したロボットアニメ。少年の内面へ沈んでいく最終二話が大論争を呼び、社会現象になった。
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夢と現実、虚構と記憶が溶け合うアニメーション映画を作った監督。『パーフェクトブルー』(1997年)、『千年女優』、『パプリカ』(2006年)。46歳で亡くなった。
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人形アニメーションの作家。能や説話をもとにした『道成寺』などの短編を作り、NHKの『人形劇三国志』の人形を手がけた。
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毛糸や紙、木など、作品ごとにちがう素材で人形アニメーションを作った作家。遺作『注文の多い料理店』は、親友の川本喜八郎が引き継いで完成させた。
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火山の噴火で海に流れ出したひょうたん島の住人たちの人形劇。井上ひさしらの脚本で、大人も驚く皮肉と歌にあふれていた。
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辻村ジュサブローの妖しい人形で演じられた、南総里見八犬伝の人形劇。玉梓の怨霊が「われこそは玉梓が怨霊」と現れる場面が子どもたちを震えさせた。
海の向こうのアニメと人形劇
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ディズニーと競ったニューヨークのアニメーション・スタジオ。ベティ・ブープやポパイを生み、ジャズと下町の猥雑さに満ちた奇妙な画面を作った。
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目玉が飛び出し、あごが床まで落ちる、極端な誇張のギャグで知られるアニメーション作家。バッグス・バニーの性格を作った。
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成人指定を受けた最初のアニメーション映画『フリッツ・ザ・キャット』(1972年)の監督。ロバート・クラムの漫画をもとに、猫たちの乱痴気騒ぎを描いた。
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ビートルズの歌を使った長編アニメーション。ハインツ・エーデルマンのポップでサイケデリックなデザインが、当時の色そのものになった。
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巨大な青い異星人に飼われる人間たちを描いた『ファンタスティック・プラネット』(1973年)の監督。画家ローラン・トポールやメビウスと組み、ほかにない異世界を作った。
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レイモンド・ブリッグズの絵本をもとにした長編アニメーション。政府の手引きどおりに核戦争に備えた老夫婦が、ゆっくりと放射能に冒されていく。
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住みかを追われたうさぎたちの旅を描いたアニメーション映画。かわいらしい絵柄のまま、血と死を容赦なく描き、多くの子どもの心に傷を残した。
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神経質なチワワと間の抜けた猫の、下品でグロテスクなテレビアニメ。作者ジョン・クリクファルシは放送局と衝突して番組を追われた。
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国際救助隊の活躍を描いた人形劇。糸で吊った人形の口を電気で動かす「スーパーマリオネーション」と、精巧なミニチュアの爆発が、日本の特撮にも大きな影響を与えた。
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サンダーバード、キャプテン・スカーレット、謎の円盤UFOを作ったプロデューサー。本当は実写の映画を撮りたかったといわれる。
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青い電話ボックスの形の時間旅行機で宇宙と歴史を旅する「ドクター」のドラマ。俳優が代わるたびにドクターが「再生」する設定で、半世紀以上続いている。敵のダーレクは手作りの素朴な造形のまま愛され続けている。
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ジム・ヘンソンが作った、手を入れて口を動かす人形「マペット」。子ども番組から大人向けの風刺まで、柔らかい布の顔でさまざまな感情を演じた。
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