美術史の本流からは少し外れたところで、奇妙なもの、怖いもの、どうしても描かずにいられなかったものを描いた画家たちの目録です。
生没年と代表作を添えています。作品の多くは美術館の公式サイトやパブリックドメインの画像で見ることができます。
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第一部西洋の古い幻視
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『快楽の園』で、楽器に磔にされる人、巨大な果実、鳥の頭の怪物がうごめく地獄を描いた。生涯の記録がほとんど残っておらず、何を意図したのかはいまも議論が続いている。
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三枚のパネルに、楽園、快楽にふける裸の人々、そして地獄を描いた祭壇画。巨大な果実や鳥、楽器で拷問される人々など、謎めいた図像で埋め尽くされている。マドリードのプラド美術館にある。
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ボスの後継者として怪物だらけの版画下絵を描き、のちに農民の暮らしを描いた。『死の勝利』では骸骨の軍勢が人間を狩り尽くしていく。
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雲を突き抜けるほどの巨大な塔を、無数の小さな人々が建てている様子を描いた絵。ウィーン美術史美術館にあり、ロッテルダムにも別の小さな版がある。
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野菜、果物、魚、本などを寄せ集めて人の顔にした肖像画で知られる。皇帝ルドルフ2世を果物と野菜で描いた『ウェルトゥムヌス』が有名。
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宮廷画家として栄えたのち、聴力を失い、郊外の「聾者の家」の壁に14枚の『黒い絵』を描いた。『我が子を食らうサトゥルヌス』はその一枚で、誰に見せるつもりもなかった。
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晩年のゴヤが、「聾者の家」と呼ばれた自宅の壁に描いた14点の絵。我が子を食らうサトゥルヌスなど、暗く不気味な場面が並ぶ。のちに壁から剥がされ、プラド美術館に移された。
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『夢魔』(1781年)で、眠る女の胸にうずくまる小鬼と、カーテンから覗く馬を描いた。発表時に大評判となり、無数の模倣とパロディが作られた。
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眠る女性の胸の上に小さな悪魔が座り、カーテンの陰から馬が覗く絵。発表されるや評判になり、何枚もの版が作られた。デトロイト美術館にある。
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詩人で版画家。幼いころから天使や幽霊を見たと語り、独自の神話体系を作った。『ノミの幽霊』は、降霊の場で見たノミの霊を描いたとされる奇妙な小品。
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中東旅行のあと精神を病み、1843年に父親を殺害。以後40年以上を精神病院で過ごし、そこで『お伽の樵の入神の一撃』を9年がかりで描いた。草むらの小人たちが異様な細密さで描かれている。
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『イーゼンハイム祭壇画』(1512年〜1516年ごろ)の画家。麦角中毒の患者を看護する修道院のために描かれ、十字架のキリストの身体は病に冒されたように緑がかり、傷に覆われている。
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デューラーの弟子。空を飛ぶ魔女たちの集会や、若い女を抱きすくめる死神を繰り返し描いた。美と腐敗を一枚の中に並べた画家。
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『大使たち』(1533年)の床には、斜めから見たときだけ頭蓋骨に見える奇妙な形が描かれている。細長い棺の中の遺体を描いた『墓の中の死せるキリスト』は、ドストエフスキーが「信仰を失いかねない」と書いた。
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爆発し、崩れ落ちる大聖堂や、廃墟の幻想都市を描いた画家の名。のちの研究で、ロレーヌ出身の複数の画家の作品がこの名でまとめられていたことが分かった。シュルレアリストたちが再発見した。
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版画集『牢獄』で、どこへ続くとも知れない階段と橋と鎖が果てしなく重なる、ありえない巨大な地下空間を描いた。後世の幻想文学や建築家に大きな影響を与えた。
第二部世紀末と象徴主義
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神話や聖書の場面を宝石のような装飾で描いた。『出現』では、踊るサロメの前に洗礼者ヨハネの首が光を放って宙に浮かぶ。パリの自宅兼アトリエがそのまま美術館になっている。
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前半生は木炭と石版画による「黒」の時代で、気球になった目玉、笑う蜘蛛、人の顔をした植物を描いた。後半生は一転して色彩豊かな花を描いた。
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巨大な目玉が気球になって空に昇っていく木炭画。ルドンが黒一色で描いた「黒」の時代の代表作で、ニューヨーク近代美術館にある。
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『死の島』は、白い布をかけた棺を乗せた小舟が糸杉の茂る岩の島へ向かう絵。1880年から86年にかけて5つの版を描いた。複製画が大流行し、ヒトラーも一枚を所有していた。
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暗い海に浮かぶ糸杉の島へ、白い布をかけた棺を乗せた小舟が近づく絵。5つの版があり、20世紀初めのドイツでは複製が多くの家に飾られた。
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悪魔、骸骨、娼婦を組み合わせた、冒涜的でエロティックな版画を描いた。ボードレールと親しく、詩集の口絵も手がけた。
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港町オーステンデの土産物屋に育ち、店に並ぶ仮面を好んで描いた。『1889年のキリストのブリュッセル入城』では、仮面の群衆がキリストを飲み込んでいる。
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悪夢のような線描画を描いた画家。唯一の長編小説『対極』(1909年)では、夢の王国が腐り崩れていく様子を自ら挿絵とともに書いた。
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『叫び』で知られる。病と死に囲まれた幼少期を過ごし、不安や嫉妬を主題に同じ構図を何度も描き直した。『叫び』だけで油彩・パステル・版画など複数の版がある。
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夕焼けの空の下、耳をふさいで叫ぶような人物を描いた絵。実は「自然を貫く果てしない叫び」を聞いた体験を描いたもので、絵や版画など複数の版がある。
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降霊会で「高次の存在」から指示を受けたとして、カンディンスキーより前に抽象画を描いていた。自分の死後20年は作品を公開しないよう遺言し、再評価は21世紀になってから進んだ。
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巨大なキャンバスに、生き埋めにされた男が棺を押し開ける『早すぎた埋葬』や、骸骨と向き合う裸婦『美しいロジーヌ』を描いた。ブリュッセルのアトリエはそのまま美術館になっている。
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ワイルドの戯曲『サロメ』の挿絵で、白と黒の線だけの妖しく冷たい世界を作った。世紀末の退廃の象徴となり、25歳で結核のため亡くなった。
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暗闇の中で大蛇を身体に巻きつけた裸婦が、こちらを見つめる『罪』で知られる。ミュンヘン分離派の創設者で、自ら設計した邸宅は美術館として残る。
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ステンドグラス作家で挿絵画家。細密な線でポーの『怪奇と幻想の物語』に挿絵をつけた。宝石のように美しく、同時に病的に不気味な絵を描いた。
第三部シュルレアリスムとその周辺
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溶けた時計の『記憶の固執』(1931年)で知られる。妄想を意識的に利用する「偏執狂的批判的方法」を唱え、跳ね上がった髭と奇行で自分自身を作品にした。
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海辺の風景に、溶けて垂れ下がる時計が置かれた小さな絵。シュルレアリスムを象徴する作品で、ニューヨーク近代美術館にある。
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パイプの絵に「これはパイプではない」と書き添えた『イメージの裏切り』など、見慣れたものを少しずらして不穏にした。山高帽の男が繰り返し登場する。
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パイプの絵の下に「これはパイプではない」と書いた作品。描かれたパイプは絵であって、本物のパイプではない、という言葉と像のずれを突きつけた。
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古い挿絵を切り貼りしたコラージュ小説『百頭女』(1929年)や、床の木目をこすり出すフロッタージュなど、偶然を使う技法を次々に開発した。
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夜の駅や古代風の街に、うつろな目の裸婦たちと骸骨、眼鏡の学者がたたずむ絵を描き続けた。汽車と路面電車への偏愛でも知られる。
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関節を組み替えられる少女の人形を作り、さまざまな姿勢で撮影した写真集『人形』を発表した。日本の球体関節人形作家に大きな影響を与えた。
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戦火を逃れてメキシコに渡った画家。細長い顔の人物が、奇妙な機械や塔の中で錬金術めいた作業にふける絵を描いた。
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エルンストの恋人としてパリのシュルレアリスムに加わり、のちにメキシコで暮らした。馬、ハイエナ、魔女たちが登場する神話的な絵と小説を残した。
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ベラスケスの教皇の肖像を下敷きに、叫ぶ教皇を檻のような空間に閉じ込めて描いた。歪んで崩れる肉体を描き続け、アトリエは足の踏み場もないほど散らかっていた。
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人のいない広場、長く伸びる影、遠くを走る汽車。見慣れたものを不穏に並べる「形而上絵画」で、シュルレアリスムの画家たちに決定的な影響を与えた。
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海の底とも荒野ともつかない平原に、名前のない柔らかな物体が並ぶ絵を描き続けた。バスの窓から画廊に飾られたデ・キリコの絵を見て、画家になる決意をしたという。
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スフィンクス、猫、仮面、儀式めいた女たちを描いた画家。自身も奇抜な衣装で社交界に現れ、生き方そのものが作品のようだった。
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開け放たれた扉が無限に続く部屋に、裸足で立つ自画像『誕生日』で知られる。マックス・エルンストの妻となり、101歳まで生きて詩を書き続けた。
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1931年、片目がえぐられた自画像を描いた。7年後、友人たちの喧嘩の仲裁に入った際に投げられたガラス瓶が当たり、本当に左目を失った。予言の絵として語り継がれている。
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ストッキングとハイヒールをまとった自分自身を撮り、切り貼りして異形の身体を作った画家・写真家。ブルトンに認められたが、生涯ボルドーで孤独に制作を続け、自ら命を絶った。
第四部二十世紀の黙示録
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第一次大戦に機関銃兵として従軍し、塹壕の死体や顔を失った傷痍軍人を克明に描いた。ナチスには「退廃芸術」として作品を没収された。
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骨ばってねじれた身体の自画像や裸体画を描いた。スペイン風邪で28歳で亡くなるまでの短い間に、膨大な数の素描を残した。
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骨と布でできた廃墟、燃える十字架、顔のない人影を、クラシック音楽を流しながら描いた。作品に題を付けず、解釈されることを嫌った。2005年に自宅で殺害された。
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人体と機械が融合した「バイオメカノイド」の画家。エアブラシで描いた作品が映画『エイリアン』(1979年)のクリーチャーデザインに採用され、アカデミー賞を受けた。
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リドリー・スコットの映画で、ギーガーは怪物と宇宙船のデザインを手がけた。人体と機械が溶け合ったような造形で、アカデミー賞の視覚効果賞を受けた。
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若くして天才画家と呼ばれたが、画壇から離れて魔術に没頭した。欲望を図形に変える「シジル魔術」を考え、のちの混沌魔術に影響を与えた。
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幼いころから見えていたという水玉や網目の幻覚を、絵、ソフト・スカルプチュア、鏡の部屋へと広げていった。60年代のニューヨークでは裸のハプニングを繰り返した。
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ベルリン・ダダの画家。太った資本家、軍人、娼婦、手足を失った帰還兵がひしめく街を、辛辣な線で描いた。ガスマスクをつけたキリストの絵で冒涜罪に問われた。
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「ウィーン幻想派」の中心人物。古典絵画の技法で、宝石のように輝く聖書や神話の幻視を描いた。ウィーン郊外に建築家オットー・ワーグナーが建てた邸宅を買い取り、自身の美術館にした。
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宝石用のルーペで描く、細密画のような肖像画の画家。殺人者、見世物の芸人、聖人の生涯を、その人生の出来事で画面を埋め尽くすように描く。若いころは舞台で生きたネズミの首を噛みちぎるパフォーマンスをしていた。
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ホットロッドやアンダーグラウンド・コミックの文化から出た画家。「ローブロウ・アート」の名付け親で、雑誌『Juxtapoz』を創刊した。ガンズ・アンド・ローゼズの『アペタイト・フォー・ディストラクション』の元のジャケット画は彼の作品。
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大きな目の少女、生肉、剥製、宗教画の構図を組み合わせる「ポップ・シュルレアリスム」の画家。マイケル・ジャクソン『Dangerous』のジャケットを描いた。
第五部アウトサイダーと孤独な画家
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シカゴで病院の掃除夫として働きながら、誰にも知られず1万5千ページを超える物語『非現実の王国で』と、その挿絵を描き続けた。死の直前に大家が部屋で原稿を見つけた。
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ダーガーが誰にも見せずに書き続けた、1万5千ページを超える物語と、それに添えた巨大な挿絵。子ども奴隷の反乱と、それを助ける少女たちの戦いが描かれる。
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精神病院に収容されてから描き始め、楽譜、文字、装飾で埋め尽くされた壮大な自伝的叙事詩を2万5千ページ以上残した。アール・ブリュットの代表的作家。
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擬人化された猫の絵で大人気だった画家。晩年は精神病院で過ごし、万華鏡のように幾何学化していく猫の絵を描いた。これを病の進行と結びつける説は有名だが、制作順が確かでなく疑問視されている。
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家政婦として働きながら、守護天使のお告げに従って、自分で調合した絵具で燃えるような花と葉を描いた。美術商に見出されたが、晩年は精神病院で亡くなった。
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千葉の養護施設「八幡学園」で貼絵を覚え、以後、放浪の旅を繰り返した。旅先ではほとんど描かず、施設や家に戻ってから記憶だけで細密な貼絵を作った。
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東京帝大の水産学科を首席で出ながら画家になり、画壇に属さず独身のまま描き続けた。一本の蝋燭の炎だけを描いた小品を何枚も描き、知人に贈った。
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精神病院の患者や独学の人々の作品を「アール・ブリュット(生の芸術)」と名付けて収集した画家。そのコレクションはスイス・ローザンヌの美術館になった。
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施設や刑務所を転々とし、占い師もしていた男が、晩年になって色鉛筆で描き始めた。月に乗った奇妙な生き物や、道徳を皮肉る寓話の絵は、シュルレアリストたちに称賛された。
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「マーニネレスト」という霊に導かれて描いたと語った。無数の女性の顔と幾何学模様が、数メートルに及ぶ長い布を埋め尽くしている。
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炭鉱夫だったが、坑道の中で「お前は画家になる」という声を聞いたという。絵を習ったことがないまま、霊の指示に従って左右対称の巨大な装飾画を描き続けた。
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アメリカに出稼ぎに来て、カリフォルニアの精神病院で30年以上を過ごした。紙切れを糊でつなぎ、トンネルを走る汽車や馬に乗った男を繰り返し描いた。
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ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世への恋に取り憑かれ、入院した病院で色鉛筆の絵を描き始めた。オペラの恋人たちのような男女が華やかに抱き合う絵を、デュビュッフェが高く評価した。
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郵便配達夫フェルディナン・シュヴァルが、配達の途中で拾い集めた石だけで、33年かけて一人で建てた宮殿。ブルトンらシュルレアリストが称え、いまは国の歴史的建造物になっている。
第六部日本の奇想
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京都の青物問屋の主人。鶏を庭で飼って写生し、『動植綵絵』30幅を描いた。画面を数万の升目に分けて塗る「升目描き」という、ドット絵のような技法も試みている。
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鶏、鳥、魚、虫、花を、細密な筆と鮮やかな色で描いた30幅の絵。若冲が京都の相国寺に寄進したもので、のちに皇室に献上され、2021年に国宝になった。
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若冲と同時代の奇想の画家。仙人たちを醜く不気味に描いた『群仙図屏風』など、毒気のある表現で「狂気の画家」とも呼ばれた。
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三枚続きの画面いっぱいに巨大な骸骨を描いた『相馬の古内裏』、人体を寄せ集めて顔にした寄せ絵など、奇抜な発想の浮世絵を量産した。大の猫好き。
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三枚続きの画面いっぱいに、巨大な骸骨が御簾の奥から身を乗り出してくる浮世絵。平将門の娘・滝夜叉姫の妖術を描いたもので、国芳の奇想の代表作。
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自ら「画鬼」と名乗った絵師。幼いころ川で拾った生首を写生したという逸話がある。骸骨、妖怪、地獄太夫を好んで描き、弟子には鹿鳴館を設計したコンドルがいた。
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国芳の弟子。兄弟子の落合芳幾との競作『英名二十八衆句』で血みどろの殺しの場面を描き「血まみれ芳年」と呼ばれた。晩年の『月百姿』は静謐な傑作。
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芳年と落合芳幾が14図ずつ競って描いた連作。芝居や講談の殺しの場面を、血しぶきまで生々しく描き、「血みどろ絵」「無残絵」の代表とされる。
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土佐藩の御用絵師だったが贋作事件で職を追われ、町絵師になった。芝居の残酷な場面を赤い絵の具で描いた屏風絵が有名で、高知県香南市赤岡町では毎年7月の「絵金祭り」で夜に蝋燭の灯りで公開される。
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妖しい笑みを浮かべる女を描いた大正の日本画家。その生々しさは「穢い絵」と批判され、やがて画壇を離れた。のちに溝口健二の映画の風俗考証を務めた。
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絵も詩も、生き方そのものも激しかった画家。『尿する裸僧』など強烈な作品を残し、スペイン風邪をこじらせ、22歳で亡くなった。
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夢と幻想を刻んだ木版画家。内田百閒の本の挿絵を多く手がけた。浮世離れした暮らしぶりから「風船画伯」と呼ばれ、敗戦の翌年に栄養失調で亡くなった。
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澁澤龍彦に見出された画家。気怠げな少女と少年、ワインとトランプの世界を描いた。『不思議の国のアリス』や雑誌『ユリイカ』の表紙で知られる。
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ベルメールの人形に衝撃を受けて球体関節人形を作り始めた人形作家。状況劇場の役者として女形も演じた。
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天井桟敷や状況劇場のポスターでサイケデリックな時代を作ったグラフィックデザイナー。1981年に「画家宣言」をして画家に転じ、Y字路の絵のシリーズを描き続けている。
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昭和初期の見世物小屋、乱歩的な猟奇、美少女を描く漫画家・イラストレーター。『少女椿』(1984年)で知られ、昭和初期のエログロナンセンスを現代に引き継ぐ作家として語られる。
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サラリーマンや学生が、便器、ガソリンスタンド、校舎と一体化している絵を描いた。表情のない自画像のような顔が、現代の息苦しさを写す。31歳で踏切事故により亡くなった。
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戦国武将・荒木村重の子。絵巻『山中常盤物語絵巻』では、源義経の母・常盤御前が盗賊に惨殺される場面を、血の色も生々しく描いた。
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妖怪を一体ずつ図鑑のように描いた『画図百鬼夜行』の絵師。いま私たちが思い浮かべる妖怪の姿の多くは、この本に由来する。水木しげるも大きな影響を受けた。
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妖怪を一体ずつ、名前をつけて描いた絵入りの本。図鑑のように妖怪を並べたこの本と続編は、のちの妖怪の姿を大きく決め、水木しげるにも受け継がれた。
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円山応挙の弟子。和歌山・無量寺の襖いっぱいに描いた巨大な虎が有名だが、髪を振り乱した不気味な『山姥図』も残している。46歳で急死し、毒殺説もある。
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100幅からなる『五百羅漢図』を描いた。羅漢たちが地獄を見せ、怪物と戦い、臓物をさらけ出す異様な作品。96幅まで描いて力尽き、残りは妻と弟子が仕上げた。東京・増上寺に伝わる。
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京都の遊郭の女たちや、貧しい人々の暮らしを暗い色で描いた日本画家。晩年は祈りのような仏画に向かった。
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大正から昭和初期に、妖艶で怪しい女性像を描いた画家。河童に抱かれて水に沈む女を描いた版画『水魔』は、発売禁止になったと伝わる。
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1950年代に基地反対闘争を描くルポルタージュ絵画で出発した。のちにセーラー服の少女と機関車が繰り返し現れる、冷たく奇妙な「観念絵画」を描いた。
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細く長い手足の少女たちを描くイラストレーター。天井桟敷のポスターや舞台美術も手がけ、60年代のアングラの顔をつくった一人。
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浮世絵のように平らな線と色で、少女、妖怪、拷問、性をあっけらかんとユーモラスに描いた。国内より先に海外で熱心な支持を集めた。
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『ガロ』に連載した漫画『赤色エレジー』で知られる。一方で、ロッテの飴「小梅」の少女・小梅ちゃんを描いたのも彼である。
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浮世絵の様式で、吸血鬼、少年、死と官能を描く画家。自ら「平成耽美主義」を名乗る。
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美少女、戦争、残酷なイメージを組み合わせた作品で、繰り返し議論を呼ぶ現代美術家。2012年の森美術館での個展では、一部作品の展示に抗議が起きた。
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怪談を題材にした5枚の錦絵のシリーズ。破れた提灯がそのままお岩の顔になった「お岩さん」、皿を連ねた長い首が井戸から伸びる「さらやしき」など、北斎の晩年の奇想が詰まっている。
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歌川国芳の門下で、月岡芳年の兄弟子。1866年から67年にかけて、芳年と14図ずつ分け合って血みどろの殺しの場面を描いた『英名二十八衆句』を出した。のちに東京日日新聞の創刊に加わり、新聞錦絵を手がけた。
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戦地ラバウルで左腕を失い、復員後に紙芝居、貸本漫画を経て『ゲゲゲの鬼太郎』を描いた。鳥山石燕などの古い妖怪画を下敷きに、点描で湿った闇を描き込んだ妖怪画は、日本人の妖怪の姿そのものになった。
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昭和の少年誌で、怪獣や幽霊、世界の怪奇事件の特集に生々しい挿絵を描き続けた。子どもたちに消えない記憶を植えつけた一方、「林月光」の名で男性同性愛誌の絵も描いていた。
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特攻隊員として終戦を迎え、戦後はルポルタージュ絵画から出発した。細いペンで描かれた人とも機械ともつかない化け物が並ぶ連作『化物の系譜』で、戦後社会の不気味さを描いた。
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絹本に描く日本画家。死体が腐り白骨になるまでを描く九相図を下敷きに、内臓をさらして横たわる女を描いた『浄相の持続』などで、美しさと痛みを同じ画面に置く。
第七部版画と挿絵の悪夢
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小さな銅版画に無数の人物を刻んだ版画家。三十年戦争のさなかに出した連作『戦争の惨禍』(1633年)では、一本の木に鈴なりに吊るされた兵士たちを、見物する群衆とともに淡々と描いた。
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都市が崩れ、山が裂け、人々が深淵へ落ちていく巨大な黙示録の絵を描いた。『パンデモニウム』や『神の大いなる怒りの日』は、のちのスペクタクル映画の画面を先取りしていたと言われる。
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服を着た動物たちが人間社会を演じる風刺画で人気を得た。『もうひとつの世界』(1844年)では、道具が生き物になり、星が踊り、目玉が宙を飛ぶ。シュルレアリストたちが先駆者として持ち上げた。
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ダンテ『神曲』地獄篇、聖書、ポーの『大鴉』などに膨大な木口木版の挿絵をつけた。わたしたちが思い浮かべる「地獄」の風景の多くは、ドレの絵がもとになっている。
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スケート場で女性が落とした手袋を拾った男の妄想を、10枚の銅版画でたどる連作『手袋』(1881年)を作った。手袋は海を渡り、怪物にさらわれ、ベッドの上に置かれる。夢の論理を版画でやってのけた。
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細いペンの線で、ヴィクトリア朝風の陰気な世界を描いた絵本作家。『ギャシュリークラムのちびっ子たち』(1963年)では、AからZまでの26人の子どもが、アルファベット順に一人ずつ不慮の死をとげる。
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