1960年代、劇場を持たない若い劇団が、テントや地下室や路上で芝居を始めました。新劇の「正しい」演劇に背を向けたそれらは、アンダーグラウンド演劇、略してアングラと呼ばれます。その系譜と、影響を与えあった海外の実験演劇を集めました。
劇団の旗揚げ年や作品の初演年は、資料によって一年ほど前後することがあります。
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第一部四つの拠点
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唐十郎が率いた劇団。1967年に新宿・花園神社の境内に紅テントを建てて上演し、アングラの象徴となった。麿赤兒、李麗仙、根津甚八、小林薫、四谷シモンらが在籍した。
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状況劇場を率いた劇作家・俳優。俗悪な見世物の世界と少年の夢想が入り混じる戯曲を書き続けた。小説『佐川君からの手紙』で芥川賞も受けている。
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唐十郎が唱えた演劇論。戯曲や演出より、舞台に立つ役者の肉体そのものが持つ特権性を重んじた。台本の再現ではなく、役者が「そこにいること」を芝居の中心に置いた。
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宝塚の男役スター「春日野八千代」を名乗る女と、彼女に憧れる少女の話。唐十郎はこの戯曲で岸田國士戯曲賞を受けた。アングラ作家が新劇の賞を得たことも話題になった。
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パリで起きた日本人留学生による殺人事件を題材にした唐十郎の小説。1983年に芥川賞を受けた。
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状況劇場の看板女優。唐十郎の戯曲のヒロインを演じ続け、紅テントの象徴となった。
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都から公園の使用許可が下りないまま、機動隊に囲まれた新宿西口公園に紅テントを建てて上演を強行した。終演後、唐十郎らは逮捕された。アングラの伝説のひとつ。
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状況劇場の解散後に唐十郎が作った劇団。紅テントを受け継ぎ、花園神社や雑司ヶ谷・鬼子母神での公演を続けている。
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状況劇場出身の金守珍が旗揚げ。紫テントでの公演、舞台奥が開いて外の景色が見える「屋台崩し」など、テント芝居の伝統を継ぐ。
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状況劇場の公演初日に、天井桟敷から葬式用の花輪が贈られたとされる。怒った唐十郎らが天井桟敷館へ押しかけて乱闘になり、双方から逮捕者が出た。唐と寺山の対立はアングラの名物になった。
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唐十郎の状況劇場が、1967年に新宿・花園神社の境内に初めて張った赤いテント劇場。劇場を持たずにどこへでも移動でき、終幕に舞台の奥が開いて外の街が現れる演出で知られる。
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歌人・寺山修司が横尾忠則、東由多加らと旗揚げした。見世物小屋の復権を掲げ、身体に特徴のある人々や素人を舞台に上げた。寺山の死とともに解散。
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歌人、劇作家、映画監督、競馬評論家。「書を捨てよ、町へ出よう」と若者を挑発し、演劇を劇場の外の町へ持ち出した。47歳で亡くなった。
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寺山修司の共同作業者として『身毒丸』などを書いた劇作家。寺山の死後も、家と血と女の因縁をめぐる耽美的な戯曲を書き続けた。
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寺山修司の評論集の題で、のちに舞台と映画にもなった。1971年の映画は寺山の初の長編監督作で、観客に語りかけ、スクリーンの外へはみ出そうとする実験的な作品。
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美輪明宏(当時は丸山明宏)が男娼マリーを演じた作品。倒錯した母と息子の閉じた世界を描き、寺山の代表作となった。現在も美輪の主演で再演が重ねられている。
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30時間にわたり、観客は地図を頼りに町のあちこちで起きる出来事を探して歩いた。民家のドアを叩く劇団員に住民が通報し、警察が出動する騒ぎになった。
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説経節「しんとく丸」をもとにした継母と継子の物語。J・A・シーザーの音楽とともに、のちに蜷川幸雄演出、藤原竜也主演で再生された。
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黒衣(くろご)が役者を操るうちに、役者が黒衣に反逆し、最後には舞台そのものが解体されていく。虚構と現実の境目を壊す寺山の手法が詰まった作品で、ヨーロッパ各地を巡演した。
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劇場を完全な暗闇にして上演した作品。観客はマッチの小さな炎や、手探りの気配、声だけを頼りに芝居を「見る」ことになった。
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スウィフトの『奴婢訓』をもとに、主人が不在の屋敷で、召使いたちが代わるがわる主人を演じる。機械仕掛けの装置と奇妙な身体に満ちた、天井桟敷後期の代表作。
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寺山修司の死後、天井桟敷の音楽を担っていたJ・A・シーザーらが結成した劇団。寺山作品の上演を続けている。シーザーはアニメ『少女革命ウテナ』の合唱曲でも知られる。
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鈴木忠志と別役実らが喫茶店の2階で始めた劇団。白石加代子の演技で知られる。1976年に富山県の山村・利賀村の合掌造りへ拠点を移し、のちにSCOTと改称した。
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早稲田小劇場を率い、のちに富山の山村・利賀を拠点にした演出家。足を踏み鳴らす独特の俳優訓練法「スズキ・メソッド」は世界の演劇学校で教えられている。
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鈴木忠志が合掌造りの民家を改造して作った劇場。1982年からここで日本初の国際演劇祭「利賀フェスティバル」が開かれ、山奥の村に世界中の演劇人が集まった。
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早稲田小劇場の看板女優。狂気をはらんだ圧倒的な演技で、早稲田小劇場の舞台そのものを体現した。のちに怪談や奇譚を一人で語る『百物語』シリーズを長く続けた。
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歌舞伎や鶴屋南北、泉鏡花などの断片をつなぎ合わせ、白石加代子が狂女を演じた。1972年のパリ公演で高い評価を受け、日本の前衛演劇が海外に知られるきっかけになった。
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ギリシア悲劇を、能や歌舞伎の身体と台詞回しで演じた作品。白石加代子と、観世寿夫ら能の役者が共演した。以後の鈴木演出の出発点になった。
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自由劇場、六月劇場、発見の会の若手が合流してできた劇団。黒いテントを積んだトラックで全国を巡演し、演劇を運動として考えた。
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黒テントの中心人物で、劇作家・演出家。演劇を社会に働きかける運動と考え、のちに世田谷パブリックシアターの初代芸術監督を務めた。
第二部舞踏
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土方巽が始めた日本発祥の前衛舞踊。白塗りの身体、がに股、痙攣するような動きで、西洋のバレエやモダンダンスとまったく違う身体を探った。海外ではそのまま「Butoh」と呼ばれる。
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土方巽とともに舞踏を作った舞踏家。70代でスペインの舞踊家へのオマージュ『ラ・アルヘンチーナ頌』(1977年)を踊って世界的な評価を得て、100歳を超えても舞台に立った。
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大野一雄が71歳で発表した代表作。若いころに見たスペインの舞踊家アルヘンチーナへのオマージュで、女装した老いた体で踊る姿が、1980年のナンシー国際演劇祭で世界を驚かせた。
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状況劇場出身の麿赤兒が旗揚げした舞踏集団。全身金粉や白塗りの大人数による群舞で、見世物的な祝祭性を舞踏に持ち込んだ。多くの舞踏家を輩出している。
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大駱駝艦から独立した天児牛大の舞踏カンパニー。剃髪・白塗りの男性だけで踊る。1980年代からパリ市立劇場を拠点に、世界40か国以上で公演してきた。
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秋田出身の舞踊家で、暗黒舞踏の創始者。西洋のダンスの美しさに背を向け、東北の風土やうずくまる農民の体から、ねじれ、崩れていく独自の踊りを作った。著書に『病める舞姫』。
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三島由紀夫の小説から題を採った作品。少年と男、そして鶏を使った短い舞台で、全日本芸術舞踊協会の新人公演で上演されて大問題になった。暗黒舞踏の始まりとされる。
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土方巽の伝説的な独舞公演。金色の男根をつけたドレス姿で真鍮板を背負い、宙吊りにされた。舞踏が一気に知られるきっかけとなった。
第三部第二世代以降・小劇場
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機関銃のような台詞の応酬と、笑いと差別と純情が入り混じった芝居で1970年代の小劇場ブームを作った。アングラの暗さを受け継ぎつつ、大衆的な熱狂に変えた。
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東大の学生だった野田秀樹が結成。言葉遊びと猛烈な速さの身体表現で、1980年代の小劇場ブームの頂点に立った。
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状況劇場出身の石橋蓮司と緑魔子の劇団。廃業した映画館、銭湯、倉庫など、劇場ではない場所を探して公演を打つことで知られる。数年に一度しか上演しない。
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松本雄吉が率いた劇団。上演のたびに野外に巨大な劇場を自分たちで建て、終われば解体した。変拍子の音楽に合わせて単語を刻む「ヂャンヂャン☆オペラ」を生んだ。2016年の松本の死の翌年に解散。
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天野天街が作・演出を担う劇団。言葉の反復、映像、群舞を組み合わせ、時間が繰り返し捩れる舞台を作る。
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寺山修司の影響を受けた高取英が主宰した劇団。少女だけの劇団員が、少女漫画と寺山的な見世物を混ぜた「少女歌劇」を演じた。
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桜井大造らが中心となり、社会の周縁の場所を転々としてテントを建て続けた一群の劇団。演劇というより、テントを建てる行為そのものが表現になっている。
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天井桟敷を離れた東由多加が結成。ロックとミュージカルを組み合わせた舞台で、1970年にはニューヨークでも上演した。
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六本木の地下の小さな劇場を拠点とした劇団。戦前の上海のジャズマンたちを描き、役者が楽器を生演奏した『上海バンスキング』(1979年)が大ヒットした。
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太田省吾が率いた劇団。台詞を削り、動きを極限まで遅くした「沈黙劇」を追求した。代表作『小町風伝』『水の駅』。
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転形劇場の主宰者。台詞を捨て、人が極限までゆっくりと動くだけの「沈黙劇」を作った。演劇の本質は「言葉」ではなく「そこにいること」だと考えた。
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舞台の中央に水道の蛇口がひとつ。そこへ人々が一人ずつ現れ、極端にゆっくりと動き、台詞を一言も発さずに去っていく。「沈黙劇」の代表作として海外でも上演された。
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明治大学出身の川村毅が旗揚げした劇団。暴力とエロスとサブカルチャーを詰め込んだ『新宿八犬伝』のシリーズで、80年代の小劇場を代表する一団となった。
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大阪の学生劇団として始まり、ヘヴィメタルの大音量と殺陣、ど派手な照明の時代劇「いのうえ歌舞伎」で大劇場に進出した。
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身体に障害のある役者だけで作られた劇団。レオタード姿で身体そのものの形と動きを見せ、「障害を表現の力に変える」ことを掲げた。
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血と機械と改造人間に満ちた舞台で、短い活動期間ながら伝説になった劇団。代表作『マーキュロ』。俳優の嶋田久作はここから出た。飴屋はのちに美術家としても活動した。
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京都市立芸大の学生を中心に結成された、演劇・美術・映像・音楽を横断するパフォーマンス集団。エイズと性と死を扱った『S/N』(1994年)は、中心メンバーの古橋悌二の死後も語り継がれている。
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野外に巨大な仮設劇場を組み、クライマックスで何トンもの水を舞台に降らせるテント芝居の劇団。都市の片隅や寺社の境内で上演を続けている。
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差別、暴力、下ネタを笑いに変える松尾スズキの劇団。阿部サダヲ、宮藤官九郎らが在籍し、アングラの毒を持ったままテレビや映画の世界へ出ていった。
第四部海外の実験演劇
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「残酷演劇」を唱えた詩人・俳優。言葉中心の演劇を否定し、観客の神経を直接揺さぶる演劇を夢見た。本人はその多くを実現できないまま精神病院で長い年月を過ごしたが、60年代の世界中の前衛演劇に影響を与えた。
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アルトーが『演劇とその分身』(1938年)で唱えた演劇。言葉や筋ではなく、叫びや光、身振りで観客の神経を直接揺さぶることを求めた。のちの実験演劇に大きな影響を与えた。
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パリ・モンマルトルの小さな劇場。殺人、拷問、狂気を血のりたっぷりに再現する恐怖劇で知られ、観客が失神することが宣伝になった。「グラン・ギニョール的」という言葉が残った。
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ジュディス・マリナとジュリアン・ベックが作った劇団。『パラダイス・ナウ』(1968年)では俳優が客席に降り、観客を脱がせて舞台に巻き込んだ。各国で逮捕や国外退去を繰り返した。
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衣装、照明、音楽などを削ぎ落とし、俳優と観客の関係だけを残す「貧しい演劇」を提唱した演出家。俳優の極限の身体訓練で知られる。
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画家でもある演出家。『死の教室』(1975年)では、老人たちが自分の子ども時代の姿の人形を背負って教室に座る。カントル自身が舞台上に立ち、役者を指揮しながら上演した。
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ピーター・シューマンが始めた劇団。数メートルの巨大な張り子人形を使い、反戦デモの中でも上演した。終演後に観客へ手作りのパンを配る。
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エレン・スチュワートが地下室で始めたオフ・オフ・ブロードウェイの拠点。無名の劇作家や海外の劇団を次々に紹介し、寺山修司の天井桟敷もここで上演した。
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観客を立たせたまま、その間を機械や燃えさかる装置、半裸の俳優が突き抜けていく過激なパフォーマンスで知られる集団。1992年のバルセロナ五輪の開会式も演出した。
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強欲で臆病な男がポーランド王の座を奪う、子どもじみた残酷劇。初演の冒頭の一言「メルドル(くそったれ)!」で客席は大混乱に陥った。前衛演劇の始まりとされる。
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第一次世界大戦のさなか、中立国スイスに逃れた芸術家たちが開いた酒場。フーゴ・バルが厚紙の衣装で意味のない音だけの詩を朗読し、ここからダダが始まった。
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アラン・カプローの『6つのパートからなる18のハプニング』に始まる、筋書きのない一回きりの出来事としての芸術。観客も参加者になる。日本の「ハイレッド・センター」などの活動にもつながった。
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ヘルマン・ニッチュ、ギュンター・ブルスらによる過激な身体表現。動物の死骸と血と内臓を使ったニッチュの「狂宴秘儀劇」は、たびたび逮捕や上演禁止を招いた。
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リチャード・シェクナーが率いた劇団。ギリシア悲劇をもとにした『ディオニュソス69』では、裸の俳優たちが客席と舞台の境をなくし、観客を儀式に巻き込んだ。
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極端にゆっくりした動きと、絵画のような照明で知られる演出家。フィリップ・グラスと作ったオペラ『浜辺のアインシュタイン』(1976年)は約5時間休憩なしで、観客は自由に出入りしてよいとされた。
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ヴッパタール舞踊団を率いた振付家。踊りと演劇を混ぜた「タンツテアター」で、舞台一面に土や花や水を敷き詰めた。「私は人がどう動くかではなく、何が人を動かすかに興味がある」という言葉が知られる。
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アリアーヌ・ムヌーシュキンが率いる集団創作の劇団。パリ郊外の元弾薬工場「カルトゥシュリ」を拠点に、日本の文楽やインドの舞踊を取り入れた長大な舞台を作ってきた。
第五部アングラの人々
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蜷川幸雄と組んで現代人劇場、櫻社を作った劇作家。学生運動の時代の挫折と情熱を詩的な台詞で描き、若い観客を熱狂させた。
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アングラ劇団の演出家として出発し、1974年の『ロミオとジュリエット』から商業演劇の大劇場へ進出した。晩年には高齢者だけの劇団「さいたまゴールド・シアター」を作った。
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劇場の外まで続く行列を舞台の上に乗せた作品。行列に割り込む青年と、秩序を守ろうとする人々の対立は、最後に機動隊の暴力で終わる。アートシアター新宿文化で深夜に上演され、学生運動の時代の若者を熱狂させた。
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状況劇場を経て演劇団を旗揚げし、のちに流山児★事務所を作った演出家。高齢者劇団や海外公演など、アングラの精神をいまも持ち続けている。
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劇団「転位・21」を率いた劇作家。実際の事件を題材にした「犯罪フィールドノート」と呼ばれる作品群で、家族の中の暴力と狂気を描いた。
第六部劇場と場所
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1967年、状況劇場がここの境内に紅テントを建てた。以来、唐組、新宿梁山泊などのテント芝居の聖地になっている。酉の市には見世物小屋も立つ。
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ATG(日本アート・シアター・ギルド)の映画館。映画の上映が終わった夜から、清水邦夫・蜷川幸雄などの芝居が上演された。地下には小劇場「蠍座」があった。
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教会の地下にあった小さな劇場。美輪明宏、淡谷のり子らが舞台に立った。俳優の中村伸郎がイヨネスコの『授業』を毎週金曜日に11年間演じ続けたことで知られる。
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アパートの2階を改造した小劇場。翌年できた本多劇場とともに、下北沢を「小劇場の町」にした。いまも若い劇団がここを目指す。
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大学の中にある古い木造の講堂。1970年代から、学生たちの自主管理のもとで、ロックのコンサートやテント劇団の公演が夜通し行われた。屋根に描かれた三つの星が目印。
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ガス会社の古い建物を改装した劇場と映画館。関西の小劇場の若い劇団が次々にここで旗揚げし、「OMS」の略称で呼ばれた。
第七部不条理と没入
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筋も因果もはっきりしない会話が空回りし、人が意味のない状況に閉じ込められる演劇。批評家マーティン・エスリンが1961年の本でこう名づけ、ベケット、イヨネスコ、ジュネらをまとめて論じた。日本では別役実がこの流れを受け継いだ。
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サミュエル・ベケットの戯曲。一本の木の下で、二人の浮浪者がゴドーという人物をひたすら待つ。ゴドーは最後まで来ない。1957年にアメリカの刑務所で上演されたとき、囚人たちは誰よりもよく理解したと言われる。
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ウジェーヌ・イヨネスコの最初の戯曲。英語の教科書の例文のような会話がしだいに崩れ、意味のない音の連なりになっていく。禿の女歌手は一度も出てこない。パリのユシェット座では1957年から『授業』と二本立てで上演が続いている。
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日本の不条理劇を確立した劇作家。舞台にはたいてい電信柱が一本立っているだけ。『マッチ売りの少女』などで、会話がずれ続ける奇妙な日常を描いた。
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フェルナンド・アラバール、アレハンドロ・ホドロフスキー、ローラン・トポールが始めた芸術運動。牧神パンにちなんで名づけられ、恐怖とユーモアと偶然を混ぜた即興の「エフェメール(はかない出来事)」を上演した。
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劇団ソチエタス・ラファエロ・サンツィオを率いる演出家。本物の動物、病んだ身体、巨大な機械仕掛けを使い、台詞より強い「像」で舞台を作る。キリストの顔の前で老父が失禁を繰り返す作品は、各地で抗議を受けた。
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映画監督で演出家。2000年、ウィーンの広場にコンテナを置いて難民申請者を住まわせ、テレビのリアリティ番組をまねて市民の投票で一人ずつ「国外追放」する企画を行い、大騒ぎになった。
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イギリスの劇団パンチドランクによる、『マクベス』を下敷きにした没入型の公演。観客は白い仮面をつけ、架空のホテルの百近い部屋を自由に歩き回って、台詞のない芝居を追いかける。
第八部九〇年代以降の周縁
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宮城聰が主宰した劇団。一つの役を、台詞を語る「スピーカー」と、黙って動く「ムーバー」の二人に分けて演じる独特の様式を作った。
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坂手洋二が主宰する劇団。基地、原発、死刑、労働など、現実の社会問題を取材して舞台に載せ続けている。
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三浦大輔が主宰する劇団。若者の性と暴力を、覗き見のような生々しさで舞台に載せた。乱交パーティーの一夜を描いた『愛の渦』で岸田國士戯曲賞を受けた。
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岡田利規の演劇カンパニー。だらだらと続く若者の話し言葉と、言葉からずれた奇妙な身体の動きで舞台を作る。イラク戦争開戦の頃の渋谷を描いた『三月の5日間』は海外でも繰り返し上演された。
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